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宮城 1951


1951(昭和26)年3~9月の日本の写真

撮影者 ジョージ・バトラー(明治44~昭和49年)

 

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宮城 1951


1951(昭和26)年3~9月の日本の写真

撮影者 ジョージ・バトラー(明治44~昭和49年)

 

 

ある米兵の宮城探訪の記録

ジョージ・バトラーは米陸軍第40歩兵師団の内科医であった。1951(昭和26)年3月から同年12月まで9カ月間、宮城県石巻市近くの「キャンプ松島」に駐留した。その間、地域の町や村を探訪し、数千枚の写真を撮影した。それらを紹介するとともに、写真に関する情報を収集するため、このウェブサイトが公開された。写真を撮影した地域は2011(平成23)年3月11日、東日本大震災の津波で甚大な被害を受けた。これは震災のちょうど60年前、ある米国人兵士が見たものの記録である。

写真の原本は現在、ハーバード大学ピーボディ考古学・民族学博物館に保管されている。

Photographs by George A. Butler, 1951. © President and Fellows of Harvard College, Peabody Museum of Archaeology and Ethnology.写真の使用と複製は許可が必要です。連絡先:pmpermissions@fas.harvard.edu ウェブサイト:https://www.peabody.harvard.edu/

 
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ジョージ・バトラー


 

ジョージ・バトラーは1911(明治44)年、カリフォニア州サンフランシスコ市で生まれ、第二次世界大戦中に内科医となった。朝鮮戦争勃発時、第578戦闘工兵隊に招集され、日本のキャンプ松島で訓練を受けた。その間にさまざまな村を訪ね、写真を撮った。当時撮影された写真は2016(平成28)年、息子アラン・バトラーによって復元された。

 

ジョージ・バトラー


 

ジョージ・バトラーは1911(明治44)年、カリフォニア州サンフランシスコ市で生まれ、第二次世界大戦中に内科医となった。朝鮮戦争勃発時、第578戦闘工兵隊に招集され、日本のキャンプ松島で訓練を受けた。その間にさまざまな村を訪ね、写真を撮った。当時撮影された写真は2016(平成28)年、息子アラン・バトラーによって復元された。

 

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